愛宕百韻


明智光秀は、織田信長を本能寺に攻める数日前の天正10年5月下旬、京都の西の愛宕山で奉納連歌百韻を興行した。世に言う『愛宕百韻』である。この百韻の興行日は不確かで、ある写本は5月24日といい、ある軍記は5月28日という。

百韻とは100句読み連ねる連歌の形態である。連歌は短歌の五・七・五の上句と七・七の下句を交互に詠み続ける、一種の連想ゲームで、前に詠んだ人の句を解釈して、その句から連想してさらに新しい句を詠むのである。

光秀は最初の発句に「ときは今雨が下しる五月哉」つまり「今は天下が治まる五月である」と詠んだ。光秀は、備中高松で戦っている羽柴秀吉を援助すべく出陣の準備をしている最中で、戦勝祈願の奉納連歌であった。

発句の「ときは今・・・」には光秀の出身である美濃の土岐氏が詠みこまれていて、秀吉援助の出陣どころか、今や土岐氏出身の光秀が信長を滅ぼして天下を治めることを祈念したと解釈される。


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送